公演中でもネタバレします。Google+ から過去ログも加筆移行中(進捗 7 割程度)。

『スーパーストライク』 / 月刊「根本宗子」第14号

「コミュニケーション」。

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前半のあらすじ

舞台上には、ところ狭しと敷き詰められた 4 つの部屋。下手上段には、白とピンクに囲まれたふわふわなリビング。その右隣には、ターコイズの壁に彩られたエキゾチックなトイレ。さらに右隣、上段上手は四畳半ほどの、申し訳程度にデコレーションされた質素な和室。下段は、上手から下手まで丸々つかった 1K アパートの間取り。

ファンシーなお部屋に住む女、マリ。ツイキャス配信者である彼女は自意識をこじらせまくり、PV を稼ぐために仔犬を買ってきてしまう。モアナちゃんと名付けられたその犬は、無駄に吠えるわ寝室に入ってこようとするわ床でウンチするわで、マリはツイキャスのために飼うには重すぎたことを後悔する。

隣人のトリマー、エイミーにモアナの世話を無理やりさせることにしたマリ。エイミーは同じアパートの別室の住人。トイレが最も落ち着くとのたまい、トイレに棲む女。サバサバした彼女は今日もマリの友人としてツイキャスに呼び出され、顔を見せた後、仕方なくモアナちゃんの世話をする。

マリは配信を終えた後、エイミーとくっちゃべりながらマッチングアプリに精を出す。Tinder に好みの顔の男を見つけた彼女は、すかさずスーパーライクを送信する。配信を停止したと思い込んでいたツイキャスから、視聴者へ声が垂れ流しになっていることにも気づかず。

質素な和室に住む女、黒川。マリのツイキャスの熱心な視聴者である彼女は、Tinder でのマリ達のやり取りを聞いていた。黒川は何を思ったか同じ男を探しだし、スーパーライクを飛ばす。

サバサバを“演じて”いたエイミー。自宅のトイレに戻った彼女もまた、同じ男へスーパーライクを送る。

下段の 1K アパートに住む男、横手南は、ミュージカル俳優志望の 30 歳。希望のオーディションになかなか受からず、自宅でトレーニングに勤しんでいた彼の下に、1 日に 3 人の女から、凄まじい通知音とともにスーパーライクが飛んできた。何が起こったのかわからないが、何かが起ころうとしていることに違いはない。

3 人の女の子と 1 人の男の、奇妙な四角関係が始まろうとしていた。女たちはそれぞれに横手南にときめき、南もまた充実した生活を歩み始めたのだ。4 人それぞれの視点からは、すべてうまく運んでいるように見えていた。

南が Tinder を「ただの友達募集アプリ」と勘違いして始めた、という発端を除けば。

女の子が自己肯定をしていく芝居

として、物凄く良くできていると思いました。

話の集約点としては南くんが主役のように見えますが、彼の本当の内面については後半以降に徐々に明らかになっていく仕掛けがなされているため、南くん自体は観客にとっても終盤まではミステリアスです。

この側面での主人公は黒川です。それは締めの長ったらしい彼女の告白で幕がおちることからも明らかなのですが、ここで語られる彼女のコンプレックスとその解消、肯定感を手に入れてからの行動の真意(ここがちょっとエグい)、本当の内面が明らかになった南くんをそれでも受容していく姿勢の表明。これ男女どっちに向けて書いてるのかわかんないくらい、めちゃくちゃ良いです。

人との距離感を確認していくための芝居

としては、観ていてけっこうビシビシ来ます。タイトルから考えるならば、メインテーマはこれでしょう。

横手南くんには基本的に友達と呼べるような人間がいません。他人との距離の取り方が滅茶苦茶ゆえ、通常は引かれるからです。この素地を持った上で、Tinder を出会い系ではなくただの友達募集 SNS と勘違いしたことで、彼は物凄い人間性をいかんなく発揮し、覚醒します。“マッチング”目当てでアプローチをかけてきた女の子全員に“友達”としての全力な姿勢を見せ、全力を継続し続けることで表情は輝き、“友達”である彼女たちに「ライクベリーマッチ」なハグをし、女の子たちのアプローチには「いま俺、彼女つくるステージにいないから」といじらしい距離感を保ち続けます。女の子たちは南くんの盛大な“勘違い”を知らないため、完全に(南くん自身にも自覚の無い)術に嵌まり、黒川の言葉を借りるならば 3 vs 1 の、モテの「ミラクル」が顕現します。

こわすぎるけど、いますよねこういう異性、、、

こんな南くんなので、男にもスーパーライクを送ってしまっていることが終盤明らかになります。南くんに Tinder を薦めた人物も、なぜいきなり出会い系から紹介してしまったのか、、、

女のマウンティングを観る芝居

として、なかなかエグくもあります。

ヒエラルキーの頂点に立つタイプのマリという女。そういう女の子が脇に連れて歩く、ちょっとだけ自分より劣った感じの女の子。かつて黒川がそうであり、そして今はエイミーがその役回りを引き受けているわけですが、南くんの家に 4 人が集まったときに現れるエイミーの劣等感に苛まれる本性や、そこに黒川が助勢して 2 vs 1 でマリを食いにかかるシーンなどはその真骨頂です。

その脇で表紙に「コミュニケーション」と書かれた大学ノートへひたすらメモを取っている南くんが、素で最悪。

長井短を堪能する芝居

としても非常に良かったです。

まず、4 人芝居というのが良い。ハイテンポにビシビシ 2 時間ぶっ続けるので、台詞の分量はとんでもなく多いのですが(本当によく演ったなこれ…)、そのぶん役者の魅力を存分に堪能できました。長井は他作でよく描かれる“ぶっ壊れ”キャラではなく、今回は“こじらせ”系なのですが、台詞との積を考えるとベストな質量だったと思います。これで“ぶっ壊れ”だったら、需給双方が保たないのでは。中身はしっかり長井節でした。

ファーストサマーウイカが公演パンフレットでの「今一番イケてると思うのは誰?」という質問に、「長井短。イケすぎ」と回答していましたが、本当にその通りだと思います。最高。

たむけんも同じくらい良かった。

ミュージカルネタをぶちこんでくる小劇場

直前の本公演 『夢と希望の先』 をアニー『Tomorrow』で〆た根本は、本作ではミュージカル楽曲の引用を複数回おこなっています。愛と悪乗りに満ちみちた 3 本の引用は以下の通り。

  • キャッツ より『ジェリクルソング』

    • 南くんがミュージカルの素晴らしさを女の子に語るときにラジカセで流し始め、自ら歌い、踊り始めます。まずたむけんがキャッツを大真面目に踊るというだけでめちゃくちゃ面白いんですが、そこでヘラヘラ油断していると、(確か)「みずぼらしく痩せていても」の辺りから女優陣が一斉に姿勢を正し、張りのある歌声で一人ずつカットイン。照明効果もグワッとドラッグじみた色彩に変化して完全に“飛ばし”にかかります。いつもなら終盤に来るようなこの持っていき方を序盤にねじ込んできたので、その意外かつ絶妙なタイミングに声が出てしまいました。ウイカが便座に片足のせて、すっく、と立つ姿、超いいね!
  • アラジン より『ひと足お先に』

    • Tinder で矢を飛ばすことしか趣味がないと言っていた女の子に「俺でよければ」と声をかけてしまったばかりに、南くんのもとには毎日きまった時間に矢が飛んできます。いつもなら避けることができていたのが、今回はマリ達 3 人の件に気をとられていた為に避けられず、腹に篦深く矢が突き刺さる。自宅デート中だったエイミーの混乱をよそに「横になってれば良くなるから」「その CD かけて、アラジンは僕に元気をくれるんだ」等とぼやきながら、ベッドに仰向け、腹に矢が突き立った状態で訥々と歌い始めます。めちゃくちゃ笑った。1 幕(前半)から 2 幕(後半)への切り替わりに使う音楽としての役割も果たしており、照明効果や暗転を使いながらアラビアンな衣裳チェンジを交えつつ、後半の 4 人集合の修羅場に向けた布石をもしっかりと打っています。かっこいいよねこういうの。
  • RENT より『Seasons of Love』

    • 後半、南くんを取り合う牽制をしつつ女同士の喧嘩を行っていた 3 人ですが、「コミュニケーション」ノートに代表される南くんの奇行に何かがおかしいと感づき始めた彼女たちの不安は的中し、ついに全ての元凶が彼であったことに気づきます。南くんは南くんで自分が何を勘違いし、彼女たちに対してどう悪かったのかが本気でわからないため、逆に狼狽し、引かれるほどに彼女たちへ救いを求め始めます。女の子たちは交際前提で接触してきたから今こうなってしまっている。では、本当の友達になるためには何が障壁になっているのか。南くんはある結論に辿り着き、それを実現するために席をはずします。再び登場した彼を出迎える歌がこれ。逆光のような照明効果が照らし出す、女装したたむけんを思い出します。これもめちゃくちゃ笑ったけど、GREE とか観てた人間が見たら卒倒しそう。

まとめ

これ以上の 4 人芝居って有り得るの?というくらい会話は濃密で、演出はコミカルで、テーマは深刻で、ラストは希望に満ちていて。いつか再演してほしいですね。もちろん、この 4 人で。

“泣かせ”無しでこんな高みにまでブチ上げられる芝居、そうそうないよ?

こういうときのためにも、ミュージカルは観ておくべき。

出演

日時

ところで

Tinder のスーパーライクってほんとにあんなダーツのブル音が鳴るんですか?めっちゃかっこよくね?