『夢と希望の先』 / 月刊「根本宗子」第13号
話
ステージの上手と下手に全く同じ間取、ほぼ同じ家具配置のワンルームアパートが再現されている。
上手は下手の 10 年後。10 年前、高校卒業後に役者を目指して上京してきたさっちゃん[演:橋本愛]と、インスピレーションのままに何でもやってみたい 24 歳の芸術家志望、ゆうちゃん[田村健太郎]が半同棲生活を行っている。
10 年後の幸子[根本宗子]は OL をしながら同棲に必要な稼ぎを一手に引き受けており、優一[鬼頭真也]は夜勤バイトをしてはいるものの事実上、幸子のヒモになっている。
さっちゃんは、ゆうちゃん、あるいは上京後にできた友人のアンナ[長井短]に影響されて価値観が変わりつつあり、ゆうちゃんを支えるためなら女優志望をあきらめてもいいとすら考える。夢だったオーディションの最終選考を蹴ろうとする矢先、幼馴染でミュージシャン志望のえっちゃん[プー・ルイ]が「さっちゃんとの共演」をモチベーションに上京してくる。さっちゃんが自分の知らない方向へ去りつつあることが受け入れられないえっちゃんと、まさに変わろうとしている自分に少なからずジレンマを感じていたさっちゃんとの間に亀裂が生じ、周りを巻き込んで大きな喧嘩に発展、二人の友情が決定的に壊れようとしている。
幸子の 10 年来の友人の杏奈[墨井鯨子]が、紆余曲折ありつつも臨月にバンドマンの貧乏彼氏(これも 10 年来)と結婚することになった。優一は夜勤バイト代を全額、浮気相手[尾崎桃子]に突っ込んでいる。見て見ぬふりをし、自分を騙し騙し 10 年間を過ごしてきた幸子の感情が、優一が浮気相手を(幸子が家賃を全額負担している)アパートに連れ込んだ場面に遭遇したところで、爆発する。優一は幸子のアパートを去ってしまう。
10 年前、友情が壊れたその日にえっちゃんが残していった CD が、優一の居なくなった部屋のテレビ台の奥から出てくる。えっちゃん自作の、さっちゃんのことを考えて作った曲1がラジカセから流れ出した瞬間、幸子は 10 年前のあの日の選択を全て後悔する。えっちゃんではなく、アンナとゆうちゃんを選んでしまった自分の下には、今や誰もいなくなってしまった。もう何を頑張るエネルギーも残っていない。いやだ。慟哭の果てに搾りカスのようになった幸子の叫び声が、下手の、10 年前の部屋に届く。時空が交錯を始める。
観た
根本宗子、本多劇場へ進出。同時に、名義は変わらないながらも劇団体制からプロデュース公演ライクな体制へと移行して(戻って?)の第一作2。
- “劇団”という形態の場合は大幅な役者の入れ替わりがない限り、平均年齢が上がっていく一方。よって再演(今回は厳密にはリメイクだが)には、加齢という観点からの制約がかかりがち(特に今回のような話であれば尚更)。旧“劇団”体制への後ろ髪ひかれる感情面を排すれば、今回その制約を取っ払ったことによって瑞々しいキャスト、特に橋本愛をメインに起用できた点は良かったのでは。
下手の瑞々しい男女が上手のくたびれた男女になっていく因果を同時並行的に演出する手法は個人的には目新しかったが、同時に数年前に観損ねた『サナギネ』がさらに凝ったギミック3で同じようなテーマを演出していたということを思い出して、『サナギネ』は無理してでも観ておけばよかったなーという後悔の念にも襲われた。
- その『サナギネ』にも出演していた玉置玲央が今回、公演直前になって降板。代役が田村健太郎。主演クラスの配役で開演数日前からの稽古入りと聞いていて正直どうなるかと思っていたけれど、最初からのアテ書きかと思うくらいハマっていて、かつミスも見られないほどしっかりと演じ切っていた。逆に玉置がやるとどうだったのかすごく気になった。
原作(『夢も希望もなく。』、未鑑賞)と今作との最大の差異は、終盤 20 分ほどらしい。今作では、10 年前の選択を悔いて悔いて仕方のない幸子の後悔の念が上手と下手の世界の壁を取っ払い、過去の自身にスラップスティックな干渉を試みはじめる。夢か現かわからない応酬の中、それでも過去のさっちゃんが彼女自身の選択で(さっちゃんにとっての)未来に向かっていくことを、キャスト総出の(杉本竜一ではなくミュージカル『アニー』の!)『Tomorrow』合唱で肯定するように締めくくる。当然ではあるけれども、最近の根本の価値観に基づいたエンディングなんだろうなという印象。
- 対応する場面の原作展開は、どうももう少し感傷的かつ地に足の着いたものであったらしく4、今作より控えめな大団円ともいえる 『今、出来る、精一杯。』 の結末が異様に刺さってしまった身としては、その原作エンディングも生で観てみたいものである。当然、新作をやり続けたいと公言する根本は昔のバージョンなどやらないだろうし、そのまま再演する演目であったのなら公演そのものが無かったかもしれない。ただ、その頃の根本が持っていたと思しき自己肯定の感覚は、今とはまた少し違った良さのあるものだったはずであるから。
日時
- 開演 2016-10-01 14:00
- 於 本多劇場