公演中でもネタバレします。Google+ から過去ログも加筆移行中(進捗 7 割程度)。

『転校生 女子校版』 / 演出: 本広克行

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  • はな[天野はな]は、ある朝目が覚めたら知らない学校の生徒になっていて、原因は分からないままにその事実だけを頼りに登校してきた。

    • カフカ『変身』がモチーフで、任意の課題図書を選択するその日の国語の授業で『変身』を選んでいた生徒(確か、さとうち[里内伽奈])が、大いに受け売りを紋切る場面も丁寧に用意されている。

    • 『変身』ほど戯画的ではないけれど、ぼんやり生きている限りはほぼ世界の全てといってもいい、“学生生活における学校”という場所が変わるということは、その視野を全く別のものにしてしまう一大事である。しかしながら生計を自立できていない以上は抗うこともできないので、さながら虫になったグレゴール・ザムザのように既成事実としてそれを受け入れ、困惑しながらも生きていくしかない。転校が決まってから実際に転校するまでの経緯をすっ飛ばすぶん、ある意味はなのような“変身”の方が楽かもしれないとは思った。

  • 一方でその“転校するまでの困惑”は、はなと入れ違いになるように転校の可能性が取り沙汰される理子[藤谷理子]によって描かれている。あした突然、いま当たり前のように見ている世界が、視野が、喪われてしまう不安。はなと語ることで咀嚼していき、同時に割り切れなさを遺すプロセス。

    • 異物であるはなから見れば、その日初めて会ったクラスのみんなは全員なかよし。理子からは(あるいは、はな以外の誰でもいいかもしれない)、普段は決して仲が良いとはいえない女子コミュニティが、“異物の侵入”によって自衛のように凝集したふうにも見える。ただし、最後に描かれるのは、そんなみんなも、自らの世界を形作るかけがえのない一人ひとりであるということ。「ここは、由莉の席……なしこの席。美樹の席、……涼香の席。…」――転校という喪失が迫っている理子だからこそ辿りつくフェーズで、当事者ではない他のプロパーな生徒では到達しえない感情。

    • 夏の夕暮れ時、ひぐらしと風鈴の音色が交錯する中で進むこのシークエンスは感傷一辺倒というわけでもなく、席を数える理子とはなの背後に佇むクラスメート 19 人の、逆光を背負った彫像のような姿はちょっと不気味でも、グロテスクでもある。このバランス感覚がすごい。

  • 風鈴。季節柄、彼岸…言い換えるなら“変身”の感覚にも近い夢現か、あるいは“第四の壁”か。女の子全員が学生かばんからぶらさげている。形は共通だけれど傘の色も、音程も様々。そして転校生であるはなの風鈴だけはパステルカラーではなく、黒く、様々な意匠がくっついていて、音もゴムで打ったようにくぐもった音色がする。

    • 開演前に演者が客席をうろつく際、この風鈴の音が彼女たちを役者であると認識させる異物として機能するから、区別と気づかいをするようにはなる。メタファーとしてはよくわからなかったけど、このように“第四の壁”としては確実にはたらいている。

    • さわだ[澤田美紀]の持ってるやつがいい音してた。低くてよく通る。

  • 文学。国語課題の自選図書として生徒たちはめいめい、好きなものを持ち寄っている。『変身』のほかには『カラマーゾフの兄弟』『人間失格』なんかも挙がっていた気がする。

    • いちばんに“登校”していた璃凛子[増澤璃凛子]は開演まで自席でずっとこの課題図書を読んでいた。あるいはただの趣味の文学文庫本か。何を読んでいたのかまでは見えなかった!
  • 時事。現社の課題だろうか。新聞から自選の記事をピックアップし、紹介をするのだそう。劇中の女子グループでは「世界の高校生」を共通テーマとしていたが、持ち寄られるのは隣国で激化するお受験闘争の中で自殺せざるを得なかった貧困層の子の話だったり、何らかのテロ(?)に巻き込まれた後プロパガンダのダシにされてしまう子だったりと、彼女たちの“世界”からは想像もしがたい暗い話題が多い。

  • 会話。上演時間 75 分というからライトな芝居を予想しもしたが、なんのことはない、いわゆる高校での“おしゃべり”を舞台上に現出させるので、序盤なんかは特に同時並行的に、他愛ない会話が続くのである。台詞の分量を展開すれば、ゆうに他の一般的な芝居の 2 時間ぶんを超えるだろう。これはもう鑑賞者へのカクテルパーティー効果、あるいはお目当ての役者の発話だけを選択的に聴取しようとする機序次第でどのようにでも聴こえうる。リアルでありながら、はなの“変身”設定並に演劇の“メタ”を感じる構造。

  • 思春期における世界(視野)の“継続”を、絶対的な前提としてしまう無自覚。あるいはそれを不意に“喪失”するかもしれない不確定性と、そのことに対する“不安”。高校を舞台にすることでそれらを際立たせると共に、もう学生ではない 25 歳前後の役者たちが多くを占めるように、これはそれらの再生、再現の試みでもある。読んでいる本といい、意識しているわけではないが最近こういうのにばかり触れている気もする。感傷一辺倒よりは、他の俯瞰的な“異物”が感じられたり、あるいは後ろより前を向いたエッセンスを得られたりするものが好き。その基準では、本作は視覚的にも心理的にも良い混ざりっけで入ってきた。面白かった。

  • クラス委員長とかそういう設定を傍らに退けたとしても、羽瀬川なぎのあの存在感にはびっくりした。圧倒的なスタア性。役もうまい具合にはまっていたし、小林司が目をつけたのも分かる気がする…。

  • 平田オリザ

  • 演出 本広克行

  • 出演(役名=芸名)

  • 開演 2019-08-25 13:30

  • 紀伊國屋ホール