【再演】『チック』 / 演出: 小山ゆうな
2年ぶり待望の再演『チック』 小山ゆうなさん(翻訳・演出)&柄本時生さん&篠山輝信さんインタビュー | omoshiiomoshii.com
前 よりもグッときて、涙が出た。
キャスト続投による再演は、ある意味では咀嚼にそれだけの時間をかけることのできる期間を与えられた、ということなのかもしれない。本読みから本番まで数か月と考えれば、2 年という年月はその 10 倍ということになる。台詞なんてある程度抜けてしまっていても関係ないはずで、それが例えば太宰治『正義と微笑』でいうところの「カルチベートされる」ということなのだろう。マイクやチックを愛した気持ちを、忘れないということでもある。それは観客にとっても同じことで、実際目の前に提示されるまでは思い出せなかったシーンの挙措ひとつひとつが、不意に目の前の舞台情景と、前回の記憶とで重なって、初見ではなし得ないような何らかの作用を引き起こす。それは決して、ノスタルジーの類ではない。
実際、初演を観たことのある観客に対するファンサービスともいえる掛け合いがいくつか追加されていたように思える。無駄を削ぎ落としたような芝居とは異なるアソビの要素を多分に織り込んだ、アドリブなのではないかとも取れる少々蛇足なやり取りは、マイクやチック、イザ、あるいは演じている篠山、柄本、土井が本気で舞台の上で生きている、遊んでいることの証左だったのだ、きっと。
台本や演出に関しても、同じようなことがいえる。台本や映像が残っているわけでもないから定量的に語ることはできないけれども、先のアソビの追加だって明確に感じた差分であるし、再演にあたって表現や翻訳をキャスト陣らと見直したということが語られてもいる1。再演にあたって唯ひとり取って代わった助演の那須佐代子も、旧来からのチームが練り上げた新たな取り組みに寄り添うようにして、感情をより高いレベルに押し上げていたんじゃないだろうか。実際、涙が出たのは彼女が演じる母親が弾ける、最後のシークエンスで。やりきれなさと愛情とが綯い交ぜになる一連の流れには、前回よりも感情のほとばしりがあって2、つらさの中で何かが解きほぐれていくような感覚が、プールの底で抱きしめ合う親子の画と一体になったときに、なんだかもうたまらなくなってしまった。
柄本時生は、(設定上の人種的特徴に対してどうかは置いておいて)前回よりも異物感が増していた。伸ばした赤毛によるところも大きかったかもしれない。冒頭で松葉杖を引っ提げて薄暗い舞台に現れた時に、フラッシュバックと差分の違和感とが一気にきて引き込まれてしまった。今年 36 歳になるという篠山輝信は、そんなことは歯牙にもかけない様な少年のみずみずしさを、内面からほとばしらせていた。演技とはそういうものだとは決して思っていないのだけれども、もしかすると板の上では、別の生を生きることが、本当にできるのかもしれない。役者ってすごい。
あとは何と言っても、演出自らによる翻訳の妙。相対し、今を生きる日本語に変換すること。たぶん超大事。
- 原作 Wolfgang Herrndorf
- 上演台本 Robert Koall
- 翻訳・演出 小山ゆうな
- 出演
- 開演 2019-07-27 18:30
- 於 シアタートラム