公演中でもネタバレします。Google+ から過去ログも加筆移行中(進捗 7 割程度)。

『チック』 / 演出: 小山ゆうな

『チック』 | 主催 | 世田谷パブリックシアターsetagaya-pt.jp

ドイツ版『スタンド・バイミー』とも形容される、ベストセラージュブナイル小説の翻訳劇。目に見えて素行不良な少年チックと、一見そだちが良いようで家庭環境に爆弾を抱える少年マイクと、時々ほか数人との、十四歳の逃避行。

開演時点では閉塞された家庭の象徴のように低く舞台に懸っていた吊り天井が、マイクとチックの逃避行の開始とともに取り払われる。同時にその天井は鉛直方向に90度立ち上がりながら舞台後方に掲げられ、スクリーンとして時には麦畑を、時には車のフロントガラスを、時には少年の目を通した景色を、と七変化に視覚効果を提供する。

装置自体はかなりシンプル。上記のスクリーンに加えて、少し傾斜のかかったせいぜい 5 メートル四方の回転式舞台がひとつ。そのステージを 90 度、180 度、あるいは 225 度、といったふうに回転させることで傾斜方向が変わって微妙に舞台の表情が変わる。劇中に役者が、グローブジャングルを回すように手押しでステージを回転させることで、時間の経過や場面の転換を表現している。

大道具小道具は必要に応じてピックアップ。逃避行の手段である SUV「ラーダ・ニーヴァ」によるアウトバーンの疾走は、演者が小さなラジコンを舞台上で縦横無尽に操作することで表現。とにかく舞台ならではの演出手法の工夫がおもちゃ箱のようにちりばめられていて、それがまた本作のテーマである少年性にフィットしていて、観ていて醒めることはない。

33 歳の篠山輝信と 27 歳の柄本時生(当時)の演技も良くて、さすがにフォーティーンには見えなかったものの、ティーンエイジの屈託ない悪ガキな感じが出ていた。柄本時生の声の作り方が印象に残る。

原作は 2016 年に映画化もされていて、2017 年には『50 年後のボクたちは』という邦題で日本のミニシアターを中心に上映されている。こちらは本当に 14 歳前後の子役(ドイツ人とモンゴル人)を使ってドイツで撮影していて、この舞台版ではチグハグさの拭えなかった都市文化からド田舎へ逃避行するギャップが、本当にドイツの片田舎というのはビヨンセフェイスブックとは縁遠い 30 年前の世界観なのだ、という実感として目に入ってくる。ただ映画は特に物語終盤をばっさりカットしており、チックのその後はスタッフロールの裏で、アメコミのような書き割りの静止画ムービーのようなかたちで多少、示されるのみ。

映画の淡々とした叙景的な見せ方よりは、小山演劇版マイクのモノローグが醸し出す叙情的な雰囲気が好み。終盤にほんのワンシーンだけチックに視点がバトンタッチする場面もうまい。マイクは少し大人になって帰ってくるけれども、彼の家庭がぐちゃぐちゃなままなのは変わらない。将来が決して明るさ一筋とはならない暗澹としたものを内包し続けるであろうことを感じさせながら幕を引く最後は、2010 年代の、あるいは自身の死を強く意識した1作家による文学作品らしい。

  • 原作 Wolfgang Herrndorf
  • 上演台本 Robert Koall
  • 翻訳・演出 小山ゆう
  • 開演 2017-08-13 16:00
  • 於 シアタートラム

  1. 原作者の Wolfgang Herrndorf は本作の執筆時点で脳腫瘍が進行しており、作品の上梓は遠くない死との相対であったという。