公演中でもネタバレします。Google+ から過去ログも加筆移行中(進捗 7 割程度)。

『遺産』 / 劇団チョコレートケーキ

第30回公演『遺産』 | 劇団チョコレートケーキwww.geki-choco.com

9 月の公演 『ドキュメンタリー』 と連続した時間軸上にある本作の主舞台は、前作から 40 年ほど遡った第二次世界大戦大東亜戦争)末期の満州ピンファン。『ドキュメンタリー』において重要な舞台背景の一角を占めたミドリ十字(劇中では架空の企業「グリーン製薬」)の源流ともいえる所謂 731 部隊の行ってきた悪魔の所業に携わる人々を描く「過去編」と、731 出身の老医師 今井の遺したピンファン手記に相対せざるを得なくなった医師 中村を中心に動く「現代編」が交錯するようにして、芝居は進行します。過去編と現在編とでは同一の役者の今昔を異なる役者が演じ(今井のみ一貫して同一の役者が演じる)、また『ドキュメンタリー』において 1980 年代の登場人物 3 名を演じた劇団付の役者陣は、本作においては『ドキュメンタリー』とは全く別の 3 役を演じます。

731 部隊の描写に関しては特筆すべき斬新な解釈などは見られず、戦時研究において科学者たちの陥った異常な集団心理、「マルタ」と少年兵との間に芽生えてしまった情とそれが現代の彼に遺した傷痕、突如として現代に現れてしまった老医師今井の「遺産」を巡って暗躍するかつての軍関係者の思惑、などが淡々と、しかし大きなうねりももって描かれます。主題は「遺産」の取り扱いであり、即ちそれを負の産物であるとして白日に晒される前に葬ろうとする存命の部隊関係者 野村らと、決して良いものとは言えないがその遺産を継いで生きていくことこそが我々の為すべきことだという中村との意見のぶつかり合いです。その間で揺れ動く少年兵 川口の回想と今、そして中村と今井とのかつての語らい、あるいは今井のピンファン時代とが交錯し、最後は今井の幻が中村に語り掛けるかたちで命の尊さが、改めて医師である中村の心に刻まれ、讃歌のように関係者を、川口少年兵を、観客を打つというものです。

『ドキュメンタリー』の時に危惧した、テーマに対して取材を特殊化しすぎている感覚というのは、本作ではかえって薄く感じられました。扱う話は前作以上に露骨で重たいので、その原因は自分でもよくわかってはいないのですが、ひとつはこの「遺産」の切り口に共感しうる下地が自分の中に既に形成されていたというのがあったのではないかと思います。第二次世界大戦において日本で語られがちなのは、平和学習と関連づけられる原爆被害であったり沖縄戦であったりと、今われわれが住んでいるこの日本列島という領域において行われた“被”侵攻のエピソードだと思います。日本が敗戦へと向かう各種のターニングポイントであるとともに、非戦闘員である住民も大きな犠牲を受けたそれらの史実を語り継ぐことも勿論忘れられてはならないと思うのですが、「民族解放」の名の下に対外的に行われた外地での戦闘に関する史観認識…要素要素においては加害者であったかもしれないという事実の取り扱い、等に関しても、同じくらい考えないといけないのではないかといったような。

これは現代の事件においてもいえることであって、何か凶悪な事件が起きた時に、怖い、自分もいつそういった事件に巻き込まれるかわからない、といった“被害者的”意識を掲げる反応は良く見れど、自分がいつ、どのように加害者側になりうるかという危機意識に関しては、あまり見ない気がするんですよね。それとも観測範囲の問題なのかな。どこか他人事のように加害者を捉えるという当事者意識の欠落は、いつか来るかもしれない局面において日本が総政治化した際にどのような結果を招くのか。そんな大層なことでなくてもいいんですけど、そういった“加害者意識”の欠落あるいは封印が蓄積することによって起こりうる日常生活上の些細な齟齬だとかにも目を背けない、そんな気持ちに改めてさせられる芝居でした。決して 731 部隊にはじまった話ではなく、大東亜戦争全体に、あるいはそれよりも前から日本に通底する何かが作り上げているものに対して。

現代編(1990 年代)において、そこから数えて 10 年ほど前に『ドキュメンタリー』で行われようとしていたグリーン製薬の内部告発が未遂に終わっていたということが示唆されています。ある意味では中村は『ドキュメンタリー』におけるジャーナリスト 高村の意志を変奏しつつ反復し、そしてある側面では高村の、そして今井の意志/遺志を一歩前へと進めることに成功します。中村と高村の演者が等しく西尾であるという点が、良くも悪くもストーリーの重奏性を意識させることにつながってもいます。

これが悪い方向に出ていたのが『ドキュメンタリー』では別の老医師 重岡を演じていた今井役の岡本で、老医師の演技がどこか一辺倒であったように感じられたためか悪の重岡、善の今井という感じが上手く分離されていない印象でした。無論、作中における重岡や今井の人物造形はそこまで単純なものではなく、純粋な科学者として 731 部隊の研究に従事していた 2 人の医師の善悪観というのは非常にきわどい表裏一体の上に成り立っているわけですから、善悪の混合や交差はあると思いますけれど。

一方、『ドキュメンタリー』で独自の正義感に目覚め内部告発を決意したグリーン製薬社員 杉崎を演じた浅井については、そこで見せたスレッスレなナイーブさを同じく内に秘めたような軍医少将 天野を本作で“憑依”させていて、非常に良かった。憑依系の役者って本当にいるんだなと思ってしまいました。色白の肌が怒りや興奮で朱を差す場面が脳裏に張り付いています。そして、私の観た回ではアフターアクトがあり、その回では天野少将のその後を浅井が一人芝居で演じるというものでした。死の床にあり咽頭がんで声も出ないかつての師、石井(もちろん石井四郎でしょう)の枕もとを辞する天野の耳に、出るはずのない石井の喉から明瞭な「天野、満州へ帰るぞ…」という一言が届くのです。それに堰を切られたかのように石井へ訥々と満州飛躍のプランを語り続けながら枕もとへ歩みを戻す天野を映しながら暗転するラストを観て、これが本物の怪演だなと実感しました。本当に良かった。


  • 脚本 古川健
  • 演出 日澤雄介
  • 出演
    • 中村 西尾友樹:現代編の主人公、今井の「遺産」を託されることになった医師
    • 今井 岡本篤:過去編では陸軍技師であり主人公、現代編では既に故人の老医師、ピンファン手記である「遺産」を厳重に隠匿し本土へ持ち帰っていた
    • 野村 林竜三(現代編)・日比野線(過去編):軍医少尉 → 製薬会社役員、今井の遺産を葬ろうと暗躍する首謀者
    • 川口 足立英(過去編)・原口健太郎(現代編):「石井中将」と同郷のピンファン少年隊員、終戦後は木下と名を変え日陰で生きる、731 の記憶に苦しめられる人
    • 山内 渡邊りょう:過去編のみ登場の陸軍技師、今井の同僚
    • 西田 佐瀬弘幸:過去編のみ登場の陸軍傭人、川口の上司にあたる情にも厚い現場肌のおじさん
    • 天野 浅井伸治:過去編のみ登場、石井に心酔する軍医少将
    • 王静花 李丹:ピンファン近郊から徴発されたと思しき女「マルタ」、息子がいる
  • 開演 2018-11-09 14:00
  • 於 すみだパークスタジオ倉