公演中でもネタバレします。Google+ から過去ログも加筆移行中(進捗 7 割程度)。

『SweetSpot』 / 演出: 函波窓

sweetspot.mystrikingly.com

結果的に作品の内容を吟味するところまで行けなかった。オンラインでの「同時多発会話劇」の試みやその手法の、検討と考察。

作り手側のプラットフォーム/デバイスリテラシー

出演者である福永マリカが書いていた1ように、Zoom の分割画面という絵面のオンライン演劇、もとい配信はあっという間に飽和した。

あまねくコンテンツがそうであるように、初動が早かった劇団に分があった感がある。そして後発の集団は、あまねく産業が辿ったように付加価値をつけて飽和・成熟を打破する入口の構造を作らないと、マンネリと化したマーケットの中では競争のスタートラインに立つことすら難しい。

そこで演出家が「発案」したのが、3 つの異なるチャンネルを使っての同時配信だったようだ。告知時点でプラットフォームは事細かには明らかになっていなかったが、「三つそれぞれが別のアカウントから 19 時ピッタリにスタートする予定」とのコメント2から、おそらく同一プラットフォーム上での多チャンネル配信を考えていたのだと思わる。その後のプラットフォームの告知の移り変わりを見るに、おそらく当初は YouTubeLive で全てをおさめようと考えていたのではないだろうか。

しかしながら、結果的には

  1. 『同棲編』は YouTube にて録画を通常アップロード(YouTubeLive ではない)
  2. 『密会編』は Zoom ウェビナーにて生配信
  3. 『風俗編』は YouTubeLive にて生配信だった予定を、初日の配信直前に Zoom ウェビナーへと変更

という経緯を辿る。『同棲編』に関しては、作劇~稽古を進めていくうえで「同時多発性」が薄れたために Live という形式から逸脱させて単独での鑑賞性を優先した、というふうに考える事もできる(後述するが、他 2 編と同時に流すとかなり大変なことになる)。他 2 編について考えると、特に『風俗編』の急なプラットフォーム変更に関しては配信側の技術的な問題、すなわち配信に関する知識不足ないしは環境の不適合に起因するのではないかと推察できる。

ここで「バリア」が、制作側から鑑賞者側に対して張られることになる。正確には複数枚のバリアが既に張られているのだが。

公式のアナウンスに従うと、Zoom ウェビナーの視聴には「アプリのインストールが必要」とある。ここで脱落する人間は脱落する。上述した「複数枚のバリア」のうちの 1 枚はこれにあたる。観劇側に使い慣れないプラットフォーム(アプリケーション)の利用という負荷を強いるものであるが、なかんずく『密会編』の視聴に関しては、これが配信形態の告知時から既定であった。

さらに、『風俗編』の配信形態の変更に伴って Zoom ウェビナーでの配信が 2 編に増える。ここで運営は「両方の同時視聴には複数デバイスが必要」との告知3を出すが、ここでおそらくさらに脱落者が増えたと考えられる。観客が 3 本同時視聴を前提にしていた場合(同時視聴における各編の取捨選択は一応、視聴者に委ねられている)、「面白い試みをもつオンライン演劇に対する興味」は「配信同時視聴を達成するための技術的/資本的な挑戦」へと変容し、当初制作側が期待していたであろう緊張感とは全く異なるベクトルのマッチョイズムが客の眼前に立ち上がる。

ところで、ウェビナーの同時視聴には複数デバイスが必要というのは、あらゆるプラットフォームの Zoom アプリに共通の仕様なのだろうか?…スマートフォンにおいては OS レベルで同一アプリのマルチローンチはできない仕様であろうし、したがってアプリが多チャンネル同時視聴にでも対応していない限りは単一デバイスでの視聴は不可能だろう。そして、狭義の「ウェビナー」を同時視聴するような芸当は、よほどのマルチタスク処理機序を脳に搭載でもしていない限り無理といっていいはずだから、おそらくこちらに関しても実装はされていないはずである。PC 版アプリはどうだろうか?これもインストールしていないから分からない。

…そう、つまり「Zoom ウェビナーの同時視聴」には、少なくとも PC を使用している限りは「アプリのインストール」も「複数デバイス」も必要なかったのである。しかし、その複数デバイスを必要としない視聴方法(詳しくいえばオンブラウザアプリケーションの複数ローンチ)も、視聴のための操作手順として図式マニュアル化しようとすれば手順解説の作成等、一定の負荷を伴う。煩雑な実現手順の説明回避としての「要複数デバイス」エクスキューズと捉えることもできなくはないが、こういったオンラインパフォーマンスの模索が彼ら表現に携わる人びとの生存のためとも考えられる以上、このバリアの発生はあくまでリテラシー起因のものと結論する。

オンラインは厳密に「同時並行」にはなり得ない

次に、端的に言えば SNS の「リアルタイム性」と、配信の「同時性」とは全く異なるものであるが、制作側はここを混同してしまった可能性がある。

例えば同じインスタライブを異なるデバイスで視聴してみればいい。ストリームが全くずれないといったことはないだろう。環境によっては数十秒ずれる。拡大するギャップの解消には定期的に更新ボタンを押せばいい、といった純粋な鑑賞行為の外にある解決手法は決して適切な回答といえないし、根本的なずれの問題も完全には解消されない。

『密会編』と『風俗編』とは、一方の「間」を他方が利用するというコンセプトがあったことから、おそらく相互の配信者(グループ)間にオンラインでのタイミングのフィードバック機構は存在したはずだ。しかしながら残念なことに、二つのストリームは異なるトラフィックを通じて鑑賞者へと到達する。加えて『密会編』と『風俗編』の両配信者の間においても同じことがいえる。この時点で同時性がわりとめちゃくちゃになることが容易に想像できる。ここへさらに、芝居の構造として同時性の希薄な『同棲編』のストリーミングをオーバーレイすると、マージされてできあがった情報体は混迷を極めている。カオスなどという言葉でごまかせる類のものではなく、緊張感どころか没入の一片も発生し得ないノイズの交錯だけが残る。稽古のない『東京ノート4、あるいはバンド練をしていない『構造I:現代呪術の構造』5とでもいえばいいだろうか。

一般に同時多発性の緊張感というのは、平田オリザの作劇に観られるような緻密なタイム感の上での進行による時間感覚の遵守、ならびに舞台上での各プレイヤーの声のダイナミクス等による聴覚情報の制御、そしてそれらを生という取り返しのききづらい環境で着実に履行できるようにするための徹底した稽古、がないと顕現しようがない。そして、多チャンネル(=異トラフィック)配信というプラットフォームは、実はそういった要件を悉く破壊するものである。実は、どころではなく、ミュージシャン界隈なんかはとっくに気付いている(=「オンラインでセッションはできない」)。

以上のように「ポリ性」は、オンライン生配信の同時並行ではシステム的に達成し得ない。本当にそこを成立させたいのであれば、専用の視聴システムを構築したり、避けようのないストリーミングギャップへのバッファを充分に作劇へ持たせ徹底的な稽古(オンラインプラットフォームに関する各人のリテラシー習得も含む…)も重ねた上ですべてのチャンネルを生配信として臨むか(ひとつでも録画があれば「生きた」バッファを吸収するのは難しいだろう)、あるいはリモートで各々のチャンネルを収録(どのみち収録はリモートで行わないと本来の目的が達成できないから)したのちミックスほか編集作業を施した成果物としての録画を生配信するか、だろう。3 つ目なんかはいわゆる「芝居」の範疇から定義上は外れるかもしれないし、そもそも生配信とする意義もかなり薄い。でも今回如実にあらわれたように、「生」に執着している限りは没入も緊張も生じないものが出来上がり得る。ずっと「コンベンショナルな表現をオンラインへ移植したもの」そのままであっていいはずはない。

視聴者側に生じる負荷

いうまでもなく鑑賞者側には、チャンネル間の音量バランスの調節、時にはあるチャンネルの音声 OFF(配信前説時の演出家のエクスキューズにもあったが、『密会編』の「性描写」の音がすごい)、といったライブハウスの PA のような業務が発生した。本来の芝居においては劇団側が行う演出負荷が客側に来ているに等しく、これは鑑賞という行為の上位次元における作業にあたる。当然、鑑賞そのものへの注意力は散逸する。

正直なところ、本当に話の内容がなんにも入ってこなかった。コンセプトとは全く逆になってしまうが、この芝居の中身を少しでも把握したいと思うのであれば、全てのチャンネルを個別にひとつひとつ視聴していくしかないであろう。

まとめ

というわけで、芝居の肝心には全く触れることができず、システムの実証実験を体験した感じになってしまった。しかしこれらは本来、制作側で洗い出されきるべき課題であったように思う。「実験公演」「カンパ制」と銘打たれてはいるが、本来の意味で公演を評価できるようなレベルに至っておらず、したがって評価のしようがない。対価も非常に測りづらい。「オンライン演劇」の、システム上の欠陥・課題をひと通りなぞりきったテストケースにはなっている。そういう意味では周知されてもいいプロジェクトか。

「演劇」に執着する限り、オンライン上のパフォーマンスはうまくいかないのかもしれない。ただ、こういったものを超えた先に出てくる新しい表現のために必要な過程であることには間違いない。様々なフィードバックを経てオンラインパフォーマンスの在り方を固めていけるのであれば、そこに演者-観客間の新たな双方向性は成立し得るのではないだろうか。めっちゃくちゃメタではあるが。

情報

online theater 『SweetSpot』

  • 脚本・演出 函波窓(ヒノカサの虜)
  • 生配信開始日時 2020-05-30 19:00