公演中でもネタバレします。Google+ から過去ログも加筆移行中(進捗 7 割程度)。

『MAKOTO』 / 阿佐ヶ谷スパイダース

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確かにどきどきしたシーンはあったし、長塚圭史にそういうポテンシャルがあることは感じて取れた。そして、それ故か 2016 年に『はたらくおとこ』(再演)を観なかったことを、今になって物凄く後悔している。

劇団化

阿佐ヶ谷スパイダースが劇団化、新メンバーに中村まこと、村岡希美ら - ステージナタリーnatalie.mu

そもそもこれまで長塚圭史演出や阿佐ヶ谷スパイダースは観たことがなかった。さらに、今回観に行こうと思ったきっかけは 2018 年 5 月の「劇団化」と、それに伴って以前観に行っていた劇団を脱退していた俳優(少し気がかりだった)が、オーディションを経て阿佐ヶ谷スパイダースに加入した経緯を把握したため。つまり動機づけの時点で既に、演劇ユニットから劇団への不可逆な変容を遂げていたのであり、ユニット時代の芝居を見逃した後悔など先に立たないこと甚だしい。

「芝居は生モノ」とはよく言うけれど、それを演る集団もまた生きており流動することを改めて思い知った。

観て

正直に言うと、開演から 5 分のあたりで帰りたくなった。親子 3 人が平屋のアパートの一室の前で、その部屋に住んでいるはずの男を待っている。待っている間の会話の屁理屈くさいつまらなさと説教くさい退屈さ、そしてそれを長塚自身が演っていることを何かきつく感じてしまい、これが 2 時間続く前に劇場を出るべきか本気で迷った。

平屋のシーンでは出てこなかったその男、水谷が登場してから、芝居は逆に生活感とは無縁の、夜の狂騒の熱を纏う。バイト先の工事現場を抜け出した水谷が「狼キャブ」に乗って夜中の新宿を疾走する。運転手(狼)に呼応する花園神社の狛犬たちのシーンではもう完全に先ほどの帰りたさは失せていて、これから来る展開にどきどきしていた。

結果を言ってしまうと興奮のピークはそこだった気がする。まだ前半も前半。

水谷は医療事故で妻を喪っている。遺品あるいは妻との生活のたくさん詰まった平屋のアパートには「匂いが強すぎる」といって、近づくことすら物凄く苦労をする。彼は妻のことを忘れようとするが、忘れるどころか事故に携わった医者を拐って女装させ妻に仕立てあげたり、その女装のシーンでの万国旗のようなクローゼットは浮世離れしていたり。展開は非現実的…漫画のようになってくる(水谷は漫画家である)。

ストーリーが進むにつれて、そのとてつもない悲しみを忘れる必要にどうしても迫られたとき、慟哭する水谷の周囲には耳をつんざくような高周波音が充満し、その緊張が破局した瞬間に何か巨大なエネルギーの開放が起こるようになる(周囲の人間は一時的に耳が聴こえなくなったりする)。「忘却」のために割かなければならない莫大なエネルギーが余剰次元で炸裂するかのようなこの事象は、後にタキオン粒子と紐づけられて何らかの科学技術へ転用されようとする展開もみせるが、ここは理論に嘘臭さが過ぎて大いに興醒め。

それよりはこの忘却のエネルギーが、序盤から出てくる都市と、その変容(工事…再開発)にリンクしているような感覚が大事か。渋谷の再開発には文字通り莫大なエネルギーが使われているが、それによってこれまでの渋谷の面影はどこへ行ってしまうのか。現在のある種繁雑な都市の匂いが再開発によって喪われていくであろうことを、まさに新宿区あたりで育ったであろう長塚が今もっとも感じており、その思いを芝居に織り込んでいたようにみえた。拡大すれば、ふるさとの変容。ただそれを渋谷や新宿、池袋に当てはめて示すことで、地方(例えば今回の松本公演)の人間がどれほど共感することができるのか、みたいな疑問も。

水谷の感覚と長塚圭史の感覚が一点に収束し、最終的に水谷は池袋を火の海にする!天井から吊られ降りてくる「完」の文字。そして同じく空から落ちてくる野球ボールサイズの球、球、球。球のうちのひとつは、前半に虚空に向かって放り投げた(シーンがあったような気がする)、あれだ。そして始めに投げた球が時間をおいて関係のない空間に落ちてくるというネタは、水谷の漫画のものだ。そんなオチかー。

結局、夜を疾走するあのテンションを維持できなかったので、終演直後にはツギハギな感覚だけが残った。東京の再開発に関わる「“都市”と“忘却”」のような、何かものを考えるきっかけとなる要素は貰えた気がするけど。次回作は本当にどうするべきか迷う…少なくとも何かが貰えるような気はしているから。

錯視で強度をつけた舞台美術は良かった。遠目に見ると本当にそこに道路が走っているような、変な現実感を醸してもいる。

出演
  • 中村まこと:水谷(医療事故で妻を喪った漫画家・工事現場バイト)
  • 長塚圭史:佐藤(水谷の平屋を訪ねる男)
  • 志甫真弓子:佐藤の妻
  • 木村美月:佐藤の娘
  • 李千鶴:水谷の隣人
  • 森一生:水谷の隣人
  • 富岡晃一郎1:花子(水谷夫妻の元?飼い犬)
  • 坂本慶介:入口(水谷の工事現場バイトの同僚)
  • 中山祐一朗:栗田(水谷の工事現場バイトの上長)
  • 伊達暁:森本(医療事故に関わったとされる医者)
  • ちすん:森本の妻
  • 大久保祥太郎:森本の息子(とにかく水谷にそそのかされまくる)
日時

  1. 松本公演のみ、藤間爽子の代役で花子を担当。藤間でも見てみたかったけど、富岡の花子のオネエくささは良かった。