公演中でもネタバレします。Google+ から過去ログも加筆移行中(進捗 7 割程度)。

『バロック』 / 鵺的

目をとじろ
耳をふさげ
秘密はけっして口にするな
あの呪われた場所で
またふたたび怪物を
めざめさせないために


natalie.mu


呪いを解く。青年が血に、家に、家族に向き合い、自らの存在ひとつで、与えられた死生に抗う話。

洋館のワンルームシチュエーションドラマは、見映えと序盤の雰囲気から連想されるホラーの様相から、突然の田所の介入を経て一転、サイエンスフィクション的展開へと向かう。

同じ屋敷の同じ部屋。しかし、一瞬の暗転を経るごとに、そこに居る登場人物は次々と入れ替わる。回想ではなく、また時系列の前後でもない。全員が同じ部屋にいて、全ての物事は並列に展開している。「位相」だけがずれており、部屋の上手側の扉を介して位相間をただひとり行き来できる田所と、移動はできないが同じくただひとり、床を通して別位相とやりとりのできる下村とを狂言回しに据え、ミステリが進行していく。田所と下村、そして観客のみが、屋敷で起きたことの全容を把握しうる。

いわゆるゴザ席に近い急造の最前列にいたこともあり、遮る観客の頭はなく、眼前には屋敷そのものが拡がる。全容を知る「神の視点」にしては不自然なまでに下方からの、見上げるような俯瞰の光景。緻密に築造された洋館の一室を模すセットが、セットに反響する人の声から「屋外」で轟く雷鳴に至るまで計算されたかのような音響が、役者の動静が、意識をスズナリではないどこかへ。われわれも御厨の選択に立ち会う。屋敷の中にいる。分厚い絨毯をめくったときの風圧が顔にかかるとき、館を焦がす炎が眼を灼くとき、光仁のさけびが位相ごと空間を揺さぶるときに、完全にそこに在る魂 ――― 解体を妨げようと家を揺らす、見えない怪物のひとりとして。

森に潜む男が持っていた紗貴子のしゃれこうべが、骨なのに紗貴子すなわち福永の「かお」そのものに見える。没入のための拵えが制作の隅々にまでいきわたっている、真髄の最たるものをそこにみたような気持ち。

血や法でがんじがらめになりがちな家族の有耶無耶、死生の有耶無耶を結局かかえこむことになるのであろうとも、光仁そして秘書、各々の終盤の選択には迷いがない。受動に四方を囲まれた成行き上の選択ではない、「死」への消極的な突進を拒絶しての帰還。御厨という閉じた家族の物語の中、彼らの決断を扶け、小さな宇宙を更新していこうとする命はいつだって家や血という「境目」の外にある。

生死の此彼をわける「境目」には、目の前に水平線のように拡がる洋卓、その端と端とに座って紅茶をたしなむ御厨の女がふたり。電球色で引き立つ血のような赤絨毯の上で、呪いに悩める世界中の子どもたちを彼女たちなりに救うための、途方もない喧嘩が現世に解き放たれる。最期はあの卓に加わってみたい。あの光景が待っているのであれば、死に向かって進んでいけるんじゃないかっていう、そんな美しい画。例えば三途の川なんかよりも絶対こっちの方がいい。ティーカップで紅茶を飲みながら。


鵺的 第 13 回公演 『バロック

  • 作 高木登(鵺的)
  • 演出 寺十吾(tsumazuki no ishi)
  • キャスト
    • 佐藤誓:喜四郎(御厨家の婿)
    • 笹野鈴々音:美貴子(御厨家当主)
    • 福永マリカ:紗貴子(美貴子の姉)/霧子(龍郎の婚約者)
    • 祁答院雄貴:龍郎(長男)
    • 小西成弥:光仁(次男・養子)
    • 岸田大地:禎巳(三男)
    • 野花紅葉:ひとみ(長女)
    • 春名風花:はるか(次女)
    • 川田希:下村(空家管理 NPO の女)
    • 白坂英晃:田所(建設業者営業)
    • 谷仲恵輔:御厨家使用人
    • 奥野亮子:喜四郎の秘書(愛人)
    • 吉村公佑:森に潜む男
  • 開演 2020-03-12 19:30
  • 於 下北沢ザ・スズナリ