公演中でもネタバレします。Google+ から過去ログも加筆移行中(進捗 7 割程度)。

『往転』 / KAKUTA presents Monkey Biz #1

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「属性」が混乱した人たちの話かな、と思った。吾郎[演:入江雅人]は肩たたきにあって会社員という属性を、その後いろいろあって一家のお父さんという属性をも喪っている。宣子[峯村リエ]は生まれた時から家族に無縁で、死んだときに遺骨を世話してくれたのは社会的には不健全な関係にあるとされる吾郎。晴喜[米村亮太朗]は優れた双子の兄の陰として生きていた挙げ句、津川浅子[小島聖]にその兄の面影を追われてアイデンティティが混濁するし、その浅子に至っては最貧困女子すぎてバックグラウンドらしいバックグラウンドが存在しない。照美おばさん[岡まゆみ]とジノン[成清正紀]の関係性も、夜行バスでのやり取りを経るうちに「地元で近所同士だったおばさんと、その息子の友達」の偽装から抜け出せなくなる。知花[吉田紗也美]は、レズビアンであるという属性を両親にカミングアウトし否定されたことから病室送りに。庵野くん[長村航希]に至っては、劇中意思をもって動く彼は知花の想像上の産物であるため、病室で寝ている実際の彼はどのような人間なのかが明かされないまま終わる。なぜ夜行バス横転事故を起こしたのかも含めて。

2011 年、東日本大震災の前どころか年始すぐに書き上がった、福島を舞台(の一部)とした災害(人災だけど)にまつわる話ということで、何かとそういうリンクで語られがちな属性をこの芝居自体が持っていそう。実際こういった生命の維持になかなかの支障をきたす(うち何人かは本当に死んでしまう)災害に巻き込まれると、社会的機能や社会的属性は個人から案外すんなりと剥がれうる。避難所で毛布にくるまって朝を迎える際々において、肩書もその後ろだても何もかも無くなる。その地帯からなんとか外側に這い出て、混乱しつつもようやく何かが手元に戻ってくる。そのとき、手元にあるものが意味あるものとして輝きを放ち続けているかどうかは別として。あるいは、それははじめから輝きなど放っていなかったのではなかったか?

経験者には彼らの右往左往がわかる。そうでなくても目の前で展開されている芝居と個人の想像力によって、これからのいつか自分の身に降りかかるかもしれない唐突な「それ」に対する心づもりができるかもしれない。しかし、この芝居独特の構造と展開とが、感情移入という手段での追体験や想像をなかなか困難にする。属性のない人間に対して感情移入するというのも変な話かもしれないけど、個人的に私は誰に対して共感した、みたいなことは観劇後にしっかり整理すればできるかもしれない。それなりのリソースとエネルギーを消費してなら。

その構造と展開は、一見すると複雑な時系列成型によってなされている。当日の折り込みから察するに『アン・チェイン・マイ・ハート』『桃』『いきたい』『横転』の 4 編からなっているようなのだが、各々がさらに細切れのチャプターにされ、シャッフルされた状態1で『往転』というひとつの長編にまとめあげられている。4 つのシチュエーションを内包する時系列シャッフル劇と考えた方がいいのかもしれない。前後関係反転のトリックは演劇という動的なフォーマットにおいて活きるから、元(今回が初演ではない)からこのような凄まじいシャッフルが行われていたと考えられる。それにしても演出の方向性とも相まって、かなりテクっているなあという印象をこちらに与えてくる。逆にそこで冷静になるというか。一歩引いてみないとテクニックの「映え」に呑まれるだけで終わりそう。ちなみにそうならないために、時系列の詳細等を記しているらしいパンフレットを開演前から物販で売っていたようだけれど、そうまでしないとついてこれないものを作っているという自覚が制作側にあるのならば、そこに芝居の双方向性はあるといっていいのだろうか…2

  • 作・演出 桑原裕子
  • 開演 2020-02-29 18:00
  • 本多劇場

  1. 4 編は時系列的には『アン・チェイン・マイ・ハート』(前日譚)→『横転』(事故前後)→『いきたい』/『桃』(後日譚・2 編オーバーラップ)といった具合に連なっていると考えていい。ひとつの短編に注目すると、細切れにされてはいるものの、その短編の中での前後関係は保存されて進行する。

  2. これに関して突き詰めていくと、作・演出のブログエントリ( https://ameblo.jp/torobeyagaiden/entry-12574038238.html )で示唆されているように、ショウビジネスとしての演劇制作においては必ずしも演劇の双方向性にまで考え至れるほど充分な時間的/人的リソースが備わっているわけではないのでは、という別の問題が出てくる。いち観客としては、そこまで深入りしたくはない…。