公演中でもネタバレします。Google+ から過去ログも加筆移行中(進捗 7 割程度)。

『紛れもなく、私が真ん中の日』 / 月刊「根本宗子」第15号

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裕福な歯科医の一人娘、やまちゃん[演:山中志歩]は毎年、同じくらい育ちのよいクラスメートのしょうこちゃん[藤松祥子]、さらちゃん[高橋紗良]、もねちゃん[城川もね]、ももこちゃん[尾崎桃子]の 5 人で、じぶんのお誕生日にパーティーを開いています。

でもある年、そのことを知ったクラス担任の先生が、誘われなかった子たちがかわいそうだよ、というようなことをいうのです。やまちゃんはその年、クラスメイト全員をおうちに招待して豪華なお誕生日パーティーを開きました。

女の子たちは集まったり、仲良しグループに分かれたり、また集まったりしながら遊んでいましたが、仕切りたがり屋のこばやしちゃん[小林寛佳]が場の雰囲気をわるくしてしまいます。そんな中、自分の娘が素敵なお誕生日会にお呼ばれしたということでご機嫌なこばやしちゃんのママ[比嘉ニッコ]が差し入れを持って訪ねてくると、こばやしちゃんは一転しておとなしくなってしまいます。こばやしちゃんママは、こんなにおとなしい娘が場の雰囲気をわるくするはずがないといいます。しかし、結果的にこばやしちゃんがわるいということが分かったとき、ママはこばやしちゃんに手を上げました。こばやしちゃんの家庭はとても貧しく、ママは大変なスパルタだったのです。

その場は収まったものの、こばやしちゃんは家庭の事情を暴露されてしまい、ちょっとおかしくなってしまいます。やまちゃんの一番の親友のしょうこちゃんは、パーティーの雰囲気を元に戻したいから、奔走します。一方でやまちゃんは、こばやしちゃんやしょうこちゃんが場の中心に立ってしまっていることに対して、疎外感を感じはじめます。今日はわたしのお誕生日パーティーなのに。

そこへ突然、やまちゃん家の家政婦をやっているももこちゃんママ[森桃子]が血相を変えてお部屋に飛び込んできました。やまちゃんのお父さんが淫行で逮捕されてしまったというのです。歯科はどうなるかわからない。お母さんは遠い西の実家に帰る。様々な異変が飛び交います。やまちゃんも当然、動揺しますが、それ以上にクラスメイトのなっちゃん[福井夏]の様子がおかしいのです。なっちゃんはなんと、やまちゃんのお父さんと関係を持っていました。なっちゃんは激しく取り乱しながらいうのです。出会い系サイトに登録していたのはやまなかさんのお父さんだって、そうだ。お父さんは私を女にしてくれた。やまなかさんの裕福な育ちが、幸せが、うらやましいと思った。それを、ちょっとくらい私にだってわけてくれたって、それがどうしていけないの。なっちゃんの独白は必ずしも孤立したものではなく、裕福な 5 人組とは別のグループの女の子たちからも、少しずつですが声が上がり始めます。

ここでもしょうこちゃんは、必死で場をとりつくろう、とりつくろうと頑張りました。しかし、お誕生日パーティーも、家庭も、一日のうちに滅茶苦茶になってしまったやまちゃんが、ついにこわれてしまいます。やまちゃんはしょうこちゃんにも牙を剥きました。今日はわたしのパーティーなのに、わたしが真ん中の日なのに、しょうこちゃんまでわたしの真ん中を奪らないでよ。

みんな出ていってほしい。出ていかないのなら、わたしが出ていく。

やまちゃんはお母さんの車に乗って、どこか遠くへ行ってしまいました。残されたしょうこちゃんは、よかれと思っていた自らの行動を責めても責めきれません。やまちゃんが行っちゃった。ももこちゃんママの膝にうずくまって、しょうこちゃんはひたすら大声をあげて泣くしかないのでした。

2

6 年後。高校生になった祥子[安川まり]、紗良[椙山さと美]、もね[優美早紀]、桃子[李そじん]の 4 人は、タイミングを見つけては山ちゃんを探す旅に出ています。制服姿で軽快車を漕ぎながら、山ちゃんがいるかもしれない九州まで走ります。

祥子は、あの日、山ちゃんを助けられなかったことをずっと後悔しています。あのとき本当に自分がしてあげるべきことは何だったのか、ずっと考えています。

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さらに 1 年。大学生になった彼女たちは、思い思いの私服でとあるホームレス街にたどり着いていました。美人すぎるホームレスインスタグラマーとして人気を博していた目当ての人物[増澤璃凛子]こそが、山ちゃんではないのか。祥子の記憶と、親友としての直感は的中します。しかしそこにいたのは、色黒で、眼鏡をかけていて、けっして美人とはいえなかったやまちゃんとは、似ても似つかない色白のモデルさんのような女性でした。その女性はいいます。全てを変える必要があった。過去を捨てるために、全てを変えて、忘れた。いま会っても、何も思わない。変わり果てた山ちゃんに冷たく突き放された 4 人。紗良、もね、桃子は、それぞれの思いを抱きながらもその場を後にします。祥子だけは、そんな山ちゃんのそばを離れることができずにいました。

7 年前の姿をしたやまちゃんの心は、祥子に呼びかけます。寂しかった。会いたかった。山ちゃんも、いつか祥子が会いにくると思って、特徴的な歯ぐきだけは整形しなかったし、ダンボールハウスも大好きな色で飾りつけて、待っていました。でも、心のうちで呼びかけるだけで、祥子に本当の気持ちは伝わってはいません。美人の山ちゃんは、冷たく祥子を突き放したままです。

一方、また独りよがりに山ちゃんを苦しめにきてしまったのだと悟ってしまった祥子は、再び山ちゃんを悲しませることがあってはならないと、はらわたがちぎれるような思いのまま去ることを決意します。こんなに分かり合いたがっているのに、なぜ本当の気持ちを伝えられないんだ。やまちゃんの心は、焦っています。7 年前の姿を持ったしょうこちゃんの心も祥子に向かって、必死に叫びます。ここまで来たじゃん。あなたが何をしたかったのかを思い出して。

大粒の涙をこぼしながら再びダンボールハウスに向き直った祥子は、あの日、お誕生日パーティーがうまくいっていれば現れていたであろう場景を強烈にイメージし、大きく息を吸い込みます。みんなでうたうことのできなかったサプライズソングを 7 年ごしに、山ちゃんに届けるため。

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最後に祥子が山ちゃんに対して歌う讃美歌、ロッシーニ『愛』の一節。この芝居のテーマそのもののような訳詞。

愛に満てる我が主よ
汝が御手に抱かれて
友となりし我らは
苦しみを分かち合わん

汝が光覆う所
憎み争い後を絶ちて
永久に知らす主の愛
戦いをうち沈め

憎み争い後を絶たん
愛に満てる我が主よ
汝が御手に抱かれて
友となりし我らは
苦しみを分かち合わん

愛に宿る主なる神
貧しき者に望みを与とう

思えば、先生が諭した“博愛”の精神を、子どもであるがゆえに無理解に実行してしまったことがすべての始まり。しかし最後、冷たく突き放そうとする旧友に対しても無償の愛を捧げようとするその姿勢は、ものすごくミクロではあるものの、独善から昇華した祥子のアガペーを描ききったのではないだろうか。

大人祥子が歌い始めると同時に、ラストカットの前からずっと舞台上で彫像のように固まっていたお誕生日会クラスメイトたちにも照明が当たり、一斉に『愛』のコーラスに加わる。アカペラで、讃美歌が舞台上に現出する。この歌のシーンと、オープニングの「真ん中ゲーム」でだけは、劇中でさんざん揶揄された“格差”と“妬み”は影を潜めて、等しくすべての登場人物の祝福が、一人に向けられている。心の中のやまちゃんはこれ以上になく嬉しそうな笑顔を浮かべ、目も合わせようとすらしない現在の山ちゃんをよそに、歌い終え静かにその場を立ち去る大人祥子をそっと抱きしめる。

「ありがとう!」

全ての照明が落ちて、終幕。

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  • やばいもん観たなと思った。

  • Yahoo! 知恵袋などをみていると、最近は無遠慮で独りよがりな隣人愛の実践が散見されるようだ。子どもの頃のしょうこちゃんの独善的奔走に等しい。一方で、あれほど干渉できなかったやまちゃんの心が最後に直に大人祥子を抱きしめることができた(=物質的にも精神的にも、何らかの実体を伴った干渉が描かれる)ところは、真にアガペー(というよりむしろそれによって現出した、人智の壁をぶっ飛ばす奇跡)の力が発揮された瞬間だろう。

  • おそらくラストカットで祥子は山ちゃんを感じたのだろうけれども、立ち去る歩みを止めることはない気がして、このあたりの機微、決して円満なハッピーエンドでないぶん、異様なまで心を抉られる。

  • おそらくプロテスタント系の女学校に在籍していたのであろう根本の、何らかの私体験あるいはそういった教学方針に対する回答が内包されているように思える芝居。こういう観点以外にも様々な側面から見られる、懐の深い戯曲。

  • 藤松祥子の堰を切ったような慟哭と、安川まりが振り向きざまにこぼした大粒の涙。人の心を打つものを、同じ役を演じる 2 人に同日中に見せられた側はたまったものではない。

    • 終演後すぐに客出しだったので、その状態のまま九劇の外に放り出された。勘弁してくれ。
  • 「月刊」本公演であったが、根本は役者として出演しなかった。初?

    • 正確には主演の山中志歩が体調不良となった数回の公演で、急遽代役として舞台に立ったらしい。

      • しかし、それを観たいかというと決してそうは思わない。22 人の出演者全員に博愛が行き届いたかのようなこの芝居の主演には、やはり根本が芝居を託した山中以外のキャスティングは考えられないから。
  • 2018 年の新作公演としては間違いなく最高位に位置する芝居だし、過去 5 年間を決算してもこの芝居が一番良かったと断言できる。90 分というコンパクトな上演時間に、凄まじいエネルギーが詰め込まれていた。おそらく今後も、これに比肩しうる芝居を見られる機会というのは非常に限られてくるだろう。紛れもなく現時点で最高の観劇体験。根本宗子の快進撃、どこまでも続いてほしい。

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  • 開演 2018-05-05 14:00
  • 於 浅草九劇

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作・演出 根本宗子

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出演(50 音順)

  • 伊藤香菜
  • 大竹沙知
  • 岡美佑
  • 尾崎桃子
  • 川村瑞樹
  • 小林寛佳
  • 近藤笑菜
  • 城川もね
  • 椙山さと美
  • 高橋紗良
  • チカナガチサト
  • 中山春香
  • 比嘉ニッコ
  • 福井夏
  • 藤松祥子
  • 増澤璃凛子
  • 森桃子
  • 安川まり
  • 山中志歩
  • 優美早紀
  • 李そじん